飛ぶ鹿

内側に目を向けて育てることで外側の行動も変わります。小さな一歩を積みかさねて。

琴音と風の子

琴音が四つになった春のこと。

 

父親の口笛を真似して一人

春の野原にぺたんと座り

フュー フュー と

鳴らないのも気にせず

くちびるをとがらせて

吹いていた。

 

すると

どこからか

クスクスと笑い声がした。

 

見回してみるが

誰もいない。

 

周りにはただ広い野原と

その周りを囲む木々があるだけだ。

 

「あれぇ?」

 

琴音が小首をかしげると

またクスクスと笑い声がした。

 

「だぁれ?」

 

問いかけても

誰も現れない。

 

かわりに

琴音の周りを

ピューっと一陣の風が

吹いた。

 

「ここだよ」

 

それは耳ではなく

頭の中に響くような声だった。

 

「どこ?」

 

また笑い声がして

「ぼくらは見えやしないから」と

やさしく答えた。

 

「見えないの?」

 

そういわれても

琴音は小さな頭を

左右に振っては

辺りを見回さずにいられなかった。

 

「見えない。

 でもこうしたら

 きっと見えるね。」

 

その直後

野原をサーっと

一陣の風が吹き抜けた。

 

「見えた?」

 

「草がピューってなった。」

 

また楽しそうな笑い声が

きこえた。

 

「遊ぼっか。」

 

「うん!」

 

琴音は立ち上がって

野原を駆けだした。

 

琴音が走れば

同じようにして

風がその横を吹き抜ける。

 

琴音が止まれば

円を描くようにして

琴音の周りだけに優しい風が吹いた。

 

琴音は野原にいても

いつも一人だったから

こんなに楽しかったのは

初めてだった。

 

ずっと笑いながら走り転げて

クタクタになったら

野原にパタンと寝ころんだ。

 

琴音が横たわると

やわらかな風が

琴音の毛先をそっと持ち上げて

ユラユラと揺する。

 

陽だまりの中で

琴音がスゥスゥと

寝息を立てると

風の子は大きなお椀のような

流れを作って

お日様の温かい空気で

包むようにしてやった。

 

琴音は夢を見た。

 

ふかふかの雲に乗って

風の子と二人

並んで雲の下を

のぞきこんでいる夢だった。

 

そして

雲の積み木で

大きなお城を作って

二人で窓を開けたり

てっぺんに登ったりして

楽しく遊んだ。

 

風の子は

風を使って

上手に滑り台を作ったので

何度も二人で

上っては滑って

上っては滑ってを

繰り返した。

 

気づくと

お日様が

目の前にあった。

 

「もう帰る。」

 

琴音が言うと

風の子はうなずいた。

 

「ばいばい。」

 

琴音が手を振ると

風の子も手を振った。

 

「またね。」

 

野原で目が覚めた時

夕焼けが赤々と燃えて

野原には誰もいなかった。

 

琴音は起き上がると

ちょっとだけ周りを見回し

立ち上がると

家へと続く道を駆けて行った。