飛ぶ鹿

内側に目を向けて育てることで外側の行動も変わります。小さな一歩を積みかさねて。

創作物語

モコと敏夫

敏夫に「特技は?」と尋ねたならば 「料理」と応えるだろう。 実際馴れているので手際はいい。 たが、若干衛生観念というものが欠けていると 春子は思う。 切った野菜が下に落ちたら 余裕で拾って鍋に入れるし 床にこぼれた水は なんの迷いもなく台拭きで拭…

モコのさんぽ

柴犬のモコは、いよいよこの坂を上ったらば 自宅である、というところになって座り込んだ。 「またぁ。」 春子はこんもりと丸い茶色の塊が アスファルトのど真ん中で 一向に動く気配のないことにうめいた。 「ほら、モコ行くよ。」 行かないのである。 モコ…

琴音と風の子

琴音が四つになった春のこと。 父親の口笛を真似して一人 春の野原にぺたんと座り フュー フュー と 鳴らないのも気にせず くちびるをとがらせて 吹いていた。 すると どこからか クスクスと笑い声がした。 見回してみるが 誰もいない。 周りにはただ広い野…

仮) ばあちゃんのアパート暮らし5

サツキが畑に出るようになって 三カ月。 その間に緊急事態宣言は 解かれたわけだが 実際のところ 何一つ進んでいる気がしなかった。 施設の祖母には全く会えず 苦肉の策のオンライン通話も 今の状態の祖母とでは どうにも上手くいかない。 祖母の認知症は あ…

仮) ばあちゃんのアパート暮らし4

「そんじゃあヒマっちゅうことで ここに来たんだな?」 「はい」 「そんなら着替えて 出直しだな」 「着替え?」 「そんなオシャレな恰好で 何する気だ?」 サツキはそう言われて 自分の服装を見下ろした。 赤いボーダーシャツに デニムのレギンス 白いスニ…

仮) ばあちゃんのアパート暮らし3

畑に向かうと 緑の葉の中を何かが ヒョコヒョコと動いている。 (何あれ) サツキがいぶかしみつつ それでも近寄ると同時に それがタダシの帽子だとわかった。 「なんだ」 思った以上に大声が出ると タダシは顔を上げた。 「お~こりゃ珍しいな」 タダシはほ…

仮) ばあちゃんのアパート暮らし2

畑へと続く細い道を 小さな背中が行く。 (めずらしい) モモコはコーヒーを飲みながら その姿を見送った。 サツキがアパートに来て 半年が経とうとしている。 その間慣れない生活に 手が回らぬだろうと セツコの畑も みんなで手分けして耕してきた。 サツキ…

仮) ばあちゃんのアパート暮らし1

「友達同士でさ いいじゃない、そういうの」 そう熱く語っていたのは 人気タレントのMで 「老後の暮らし方」だった。 彼女いわく 「友人だけのアパートで みんなとワイワイ暮らす老後がいい」 同じような話を 言っていたのは 行きつけの飲み屋のママだったと…

ひるね屋

昼時になり、健二は会社を出て 近所のラーメン屋を目指した。 いつも行く店だが けっしてうまいわけではない。 ただ、すぐに出てくるのと 量が多いのが取り柄の どこにでもありそうな店だ。 八月の暑さはワイシャツの首に 重くのしかかる。 ネクタイを緩め …