前回の記事はコチラ
ご無沙汰しております。
実家には築年数分の様々なものが眠っていました。
これ いつからあるの?
これ 一体だれが使うの?
そういう気持ちがため息となって
「はぁ~」と外へ出ていく。
実家の片付けを始めたばかりの頃
自覚する程度に ため息が増えました。
作業中も
帰ってからも。
「はぁ~」というため息をつく度
うんざりした気持ちでいっぱいになって
これはマズイと思ったものです。
埃をかぶり
変色し
触った途端ポロポロと崩れてしまうものや
反対に
まるで昨日買ったばかりのような未使用品。
保存状態が悪く
カビだらけになっているものも。
住み始めた時から
それも家族の人数分だけ
何層にも積み重ねられた物には
なにかが漂っている、ような気さえする。
今も母が住まう実家の片付けは
当初 ひたすら「呆れる」ばかりでした。
なぜ 捨てないのか?
なぜ そこに「そんなもの」が
当然のようにあるのか?
一体 何袋のゴミ袋を出したら
この作業は終わるのか。
そもそも 本当にこの作業は終わるのか。
燃えるもの リサイクル
到底 燃えそうにもないもの
全てが見事に混載された残置物の山。
「汗水垂らしての片付け」は
文字通り汗水の量と共に
疲労と「疑問」が確実に蓄積されることを
生まれて初めて知りました。
なんで???
どうして?!
無駄なのに
つい そう吠えずにはいられない。
ちなみに
「なんで? どうして?!」と問う度に
フラストレーションが溜まるだけで
誰も得しないと途中で気づいて
無理にも止めました。
片付けの最中は
「無心で ただ手を動かすだけ」
「ここに空間を作る」
「ここの空間を取り戻す」
そのためには
「まずは 決めた場所から
他のスペースに 全部出す」
物の仕分けは後回し。
出す場所がないなら
まずは
「出せるスペースを作る」
うちはこの
「出せるスペースを作る」から
始めなくちゃいけなかった。
だから余計
最初は精神的にしんどかった。
あとは
ひたすら体を動かす「だけ」。
移動させる時
発掘している時は
考えない。
とにかくひたすら出す。
移動することに集中。
そうでもないと
手に取るものは
思い出があったらあったで
「懐かしい!」と歓声を上げ
無かったらなかったで
「何これ 誰が使うの こんなの」と
文句を言う羽目になります。
それだけでもエネルギー
及び時間の無駄使い。
大量の残置物の場合
省エネがカギです。
全て 無心で。
そういう意味で
開封 とか
書物やアルバムを開く とか
そういうことは
全部後回し。
これが鉄則。
全部出し切ったら
そこからやっと
頭を「ちょっとだけ」使って
分別を始める。
この時 結構重要なのは
そこに長年住んでいることと
そこの「制度に精通している」ことは別物
という視点が必要 ということでした。
例えば 母の場合
長らく住んでいる地域ながら
資源ごみの回収は
毎月1回の収集日のみ
と思い込んでいたのです。
しかし
よくよく調べてみれば
指定された近隣スーパーなどで
毎週 資源ごみ回収がやっていたりします。
うちの場合
日曜大工が好きだったので釘や
他にもやたらと鍋類が多かったのですが
資源ごみとして
金属類の回収があったため
何度も資源ごみを出しに行きました。
ほんと 助かった。
あとは
衣類やタオル・毛布なども
多くなりがちではないでしょうか。
新品同様の箱入りならともかく
黄ばんだ使用済の古い下着やら靴下やらが
なぜか当たり前の如く
タンスの中に眠っていたりする
「実家の不思議」。
アレはなんなんですかね。
本当にナゾ。
こうしたものも
月1回の収集では
どうみても足りなかっただろうなぁ。
ということで
「大型の片付け」の時は
自分や家族が「知っていること」は
一旦横に置いて
まずは「調べ」ましょう。
特に離れて暮らしている場合
市や町の分別方法だけでなく
収拾方法や場所 曜日など
角度を変えて確認しなおしてみると
本当にナイスな情報があったりしますので
必ずチェックしてみてください。
それから
混載の山を分別しても 間に合います。
ここでチラっと思うのが
移動させる時
先にある程度
「出した先で分けて置く」ほうが
効率がいいのでは?
ということです。
これはある程度 人数がいて
時間にゆとりがある人は
ぜひそうしてください。
少人数で(ヘタをすれば一人で)
短時間に
狭いスペースでやろうと思うと
「置き場は混載でよし」
くらいの「雑さ」があった方が
結果として作業は単純化し
長続きしやすかったように思います。
ただし
複数人 動ける人がいるなら
どんなルールであれ
明文化して
全員で共有しておくのが必須。
でないと「揉める」のは
時間がもったいない。
ただし 一人で持ち上げられない
重いもの 大型家具などは
複数人いても 一旦放置。
どちらにしても
粗大ごみか
人に譲るか
行けるなら 売りに行くので
今現在やるべきことからは
「外れて」います。
なので 大型家具は一旦放置。
後日 話し合って
適切な方法で出しましょう。
最初から「別でやる」と決めておけば
全体の流れを止める必要も減ります。
その分 家具のひきだしは
それごと出して 中身は全部出す。
後日 家具を売るつもりがなければ
「木製ひきだし」や
「プラ引き出し」は
週ごとのゴミ出しに出せる地域もあります。
うちの場合
引き出しごと抜いて
混載の山に投入。
そのほうが
細かいものを運ぶのに手っ取り早いので。
古い家は
棚の上とか
吊り天上とか
小柄の人が椅子に乗ったくらいじゃ
手の届かない場所も多々。
女性も男性も
片付けの際には
アルミ製の軽い脚立があると
本当に便利ですよ。
ちなみに
「移動→分別」
この組み合わせは
「小さな空間毎で繰り返す」のが
おススメです。
出せるスペースが広い場合
「一部屋毎」でも
できるとは思います。
ただし
部屋が8畳より広い場合
たとえば
大きなリビングがあるなら
「一部屋毎」よりも
「片隅毎」くらいのほうが
気がラクだし
実感や達成感も
感じやすかったです。
何より「休憩」を入れるペースも
結構重要。
まとめて早く!
と気が急いてしまうと
何かとぶっ通しでやり切りたくなるものですが。
慣れないことですから。
ちゃんとしっかり座って
休むことも
「長続きさせる」には大切。
そういう意味でも
「六畳間をワンセット」の単位として
座って休憩しつつ分別は
ちょうどいいかなと思いました。
暑い時期は
もっと早く
もっと小まめに
水分補給と
座って休憩です。
特に
引き出しの多い部屋は
それだけ物が多くなります。
多いということは
混載レベルも高い
ということです。
ですから
部屋の大きさによって
空間を区切って考えると
気がラクかな と思います。
分別は分別で
相当 時間がかかります。
燃える 資源 とかだけではなく
個人情報の処理。
税金の納付書など
自治体などからくる公的書類や
年賀状などの手紙類は
一旦 全部中身をザクっと見て
個人情報の部分は細かく切る。
これだけで
「段ボール何箱分あんの?」のレベル。
そこに追加して
あちこちから出てくるのが
写真。
昭和くらいからなんでしょうか。
とにかく写真は多かったです。
若かりし日のもの。
結婚して
家族が増えて。
そういう年月分だけ。
年代を感じますね。
父のものですから。
時には「大人なお写真集」やら
かつての「イイ人かな」という女性も
発掘されてしまうわけで。
母が見つけると
居ない人相手に また一悶着始まります。
こんな時に
無駄なエネルギー消費は
ぜひとも避けたい。
ということで
そういうものだけは
そもそも移動させずに
見つけ次第 さっさと「燃えるゴミ」。
それ以外にも
「懐かしの写真」には
「かつての自分」も当然いるわけで。
偶然か
うちの場合
アルバム発掘は最後の方だったので
母と二人 並んで
時間かけてやりました。
捨ててからででは遅いものも
中にはあります。
自分の写真
特に生まれたばかりとか
幼いころのものは
割と時間かけて選別しました。
大半はその時点で捨てて。
選別したのを
また後でスマホで撮って
また捨てて。
デジタルで見れたら
十分なのがほとんどですね。
ほんの数枚だけ
手元に残しました。
これが わたしの導き出した
「長期戦の片付けを穏やかに続けるコツ」です。
ご参考までに。
今回
市のごみ収集担当の皆さんには
本当にお世話になりました。
ありがとうございました。
実家の片付け記事などで
「廃棄物 〇トン」というのを読むと
「トンは無いよね~」
と思ったものですが
いや あれはあったかもしれない。
ただ ここへきて
自分の来し方に疑問が湧いてしまいました。
つまるところ
「老いた母へのリスペクト」が不足している気がする。
母は自己判断はもちろん
多少時間はかかるけれど
体もよく動く。
時間をかけさえすれば
〇トンに近かった残置物処理も
母の持ち前のコツコツ精神で
一人で最後までできたかもしれないのです。
でもわたしは
それを「黙って待つ」ことも
見守ることもできなかった。
あまりの量に。
怖くて
本当に終わるのか不安で。
しかもそれを
老いた母が 乱暴なやり方で
無理に下ろしたり 壊して片付けようと
奮闘しているのが
どうにも不安で 忍びなくて。
一人でやってしまって
怪我をするんじゃないか。
そう思う度に
急がなきゃ
わたしが がんばんなきゃと
自分に可能な限りのスピードで
ひたすら片付けて。
母もそれを
「ありがとう」
「助かった」
と言ってくれたから。
当初こそ
本当にやっても やっても終わらない。
全然先の見えなかった片付けが
それでも途中からは
ちょっとだけ変わってきた。
やっただけ
ささやかでも「手応え」のあるものに変わっていった。
そして ある日を堺に
見る見る減るようになった。
そうすると勢いがついて
ますます 「先へ 先へ」と
意識が向いて。
次はこっち。
こっちが終われば あっちと
手をつけた。
同じ頃から
まだ使えそうなものは「売る」ことも
考えられる余裕がやっと生まれた。
たった数百円でも
捨てるよりずっとよかった。
誰がどうみても 使えるものでも
今の実家では「不要品」。
終わりが見えなかったころは
そうしたものもゴミ袋に詰めて
道に並べたけれど
どこか気が咎めた。
もったいない。
そう思っても
それ以上に 量をさばくことがまずは優先で
だから とにかく「ゴミで出す」ことが最優先。
そんな気持ちを
少しでも晴らしたくて
こんなことになるとは思わなかった
小さな自分の車で
何度も 何度も お店へ運んで
売りに行くようにもなりました。
ゴミ出しにしろ
売りに行くにしろ
自分の人生で
「軽トラックが欲しい!」と
切実に思う日が来るなんて
夢にも思わなかったなぁ。
例え金額が付かなくても
引き取ってもらえるだけでよかった。
本当にありがたかったんですよ。
そう思うと
余計 片付けを張り切ってしまった。
時には思いもよらない金額に
大喜びすることもあって
それもうれしかった。
母は
「あんたが一生懸命やってるから
ごほうびもらえたねぇ」と
喜んでくれて。
片付いて
こんなふうにいいこともあって
だから余計 やってしまった。
こうして書いてみると
俯瞰してみることができる。
これはあれだ。
「コントロールしたい!」
ってやつだ。
自分の思う通りにしたい。
思った通りに進めたい!
そこに追加で
「善意・好意なんだから受け取られて当然!
感謝されて当然!」
が加わってしまってるんだな。
黙って見守ることは
これは 究極の信頼。
自分のことに集中して
他の人のことは
すべてその人に任せる。
すべての経験に
等価の価値があるのであって
それを勝手に
「いい・わるい」と区別しているのは
「経験そのものの価値を無視している」
とも言える気がしました。
母の自尊心を傷つけたのではと。
できない・危ないと
決めつけて
やりすぎたのではないかと
思ったんです。
それで後日 謝りました。
母はケロっとしたもので
「何も気にしとらん」と
言ってくれましたが。
これは気をつけようと思いました。