飛ぶ鹿

内側に目を向けて育てることで外側の行動も変わります。小さな一歩を積みかさねて。

仮) ばあちゃんのアパート暮らし4

「そんじゃあヒマっちゅうことで

 ここに来たんだな?」

 

「はい」

 

「そんなら着替えて

 出直しだな」

 

「着替え?」

 

「そんなオシャレな恰好で

 何する気だ?」

 

サツキはそう言われて

自分の服装を見下ろした。

 

赤いボーダーシャツに

デニムのレギンス

白いスニーカーは

汚れてもいいように

使い古しを選んだつもりだ。

 

「帰ってセっちゃんの

 野良着 借りてくるんだな」

 

「ばあちゃんのノラギ?」

 

「わかんなかったら

 モモコに言って

 見てもらったらわかるから。」

 

タダシはそれ以上は言わずに

また畑に戻っていった。

 

サツキはともかく土手から這い上がり

アパートを見る。

 

「ノラギってなに?」

 

疑問は残ったものの

タダシはサツキの意図は

汲んでくれたのだ。

 

できることを

サッサとやろうと

サツキは駆けだした。

 

遠目に一階の窓辺にいる

モモコを見つけた。

 

「モモコさーん」

 

手をぶんぶんと振って

モモコを呼ぶと

モモコも気づいて

手を振り返した。

 

その間も猛ダッシュで

駆けていく。

 

日頃からフェス対策に

筋トレやランニングをしているせいか

アパートまであっという間だ。

 

庭づたいにモモコが出てきた。

 

「どうしたの?

 なんかあった?」

 

「タダシさんに会って。

 ノラギ 着てこいって。」

 

モモコはすぐには

返事をしなかった。

 

「ばあちゃんのノラギがあるはずだから。

 わかんなかったらモモコさんに聞けって。」

 

「サっちゃん 畑出るの?」

 

「うん。この格好じゃ

 まずかったみたいで。」

 

「そりゃそうだろうけど。」

 

モモコは珍しく

奥歯に物の挟まったような

返答をする。

 

「やっぱりおかしいですか?」

 

サツキはてっきり

モモコも呆れているのだろうと

思って恥ずかしくなった。

 

実家にいたころ

庭いじりするセツコの服装は

いつでも普段着だった。

 

一番多かったのは

着古したワンピースだったと

記憶している。

 

それを参考に

少しでも動きやすいようにと

選んだつもりだったが

何か違うらしい。

 

「すみません。初めてで。」

 

「そうじゃなくて。」

 

モモコはそう答えると

さっと踵を返し

部屋に入るとしばらく出てこなかった。

 

(ここに居ればいい、のかな)

 

モモコはいつもなら

的確にスパッと言い切って

サクサク話をすすめるタイプなのに

今日に限って何とも言えない

反応をする。

 

(そんなに変だったかな)

 

身の回りで畑仕事をするのは

祖母やその友人知人ばかりで

その実体をまるで知らない。

 

自分がお門違いの格好で

出向いたことに

ここまで驚かれるとは

思っていなかった。

 

(もう!何考えてんだよ!)

 

モモコはタンスの中や

部屋の隅から必要なものを

乱暴にかき集めた。

 

(なんだって畑なんて!)

 

それでもサツキはその気で

待っているのだから

今はどうしようもない。

 

テーブルの上にあった

グラスの水を一気にあおって

また庭のガラス戸を開けると

サツキが申し訳なさそうな顔をして

待っていた。

 

「わたしので悪いけど

 要るもの詰めといたから。」

 

そう言って垣根越しに

紙袋を差し出す。

 

「今日はこれ着てみて。」

 

サツキは恐る恐る

紙袋を受け取ると

思った以上にズシっと

手応えがあって驚いた。

 

「え、ばあちゃんのがあるなら

 それ着たほうが。」

 

「いいから。

 待たせてるんでしょ?」

 

「はい、そうでした。」

 

サツキは慌てて

ちょこんと頭を下げると

紙袋をガサガサ言わせながら

一気に階段を駆け上がる。

 

モモコが寄越した紙袋には

何やら見覚えのあるものが

たくさん入っていた。

 

防災頭巾のような

ペラペラの帽子。

 

ブルーベリー柄の

白い手袋。

 

花柄の袖カバー。

 

長袖のボタンシャツ。

 

ルーズフィットなパンツ。

 

底には長靴も入っていた。

 

「あ~、そういうことか。」

 

確かにこの部屋のどこかで

見たようなものばかりだが

生憎押入れの捜索が必要なレベルだ。

 

着ていたものを

全部脱ぎ捨てると

サッサと着替える。

 

衣類はよその家の匂いがした。

 

最後に玄関で長靴を履く。

 

「これでヨシ、かな。」

 

腰回りがちょっとゆるいが

玄関にある姿見を見れば

そこにはテレビで見たことのある

ノラギ姿の自分がいた。

 

「うへ~。」

 

きっとおそらく

勝手がわかれば

もうすこしオシャレな服装が

できるはずだ。

 

「とにかく急ごう」

 

台所に置きっぱなしだった

麦茶のコップを飲み干すと

サツキは乱暴に玄関扉を開けた。

 

階段を下りようと踊り場に出ると

モモコが階下を竹ぼうきで掃いている。

 

「モモコさん」

 

サツキが声をかけると

モモコはちょっと困ったように笑った。

 

「やっぱりサっちゃんには

 似合わないね」

 

自分でもそう思ったが

人から見てもそうなんだなと

サツキも笑い返した。

 

「あは。それじゃ行ってきます。」

 

「はい。行ってらっしゃい。

 あ、ちょい待ち。」

 

その声に振り返ると

モモコが玄関を指して

「水筒、持って行った方がいいよ」と

引き留めた。

 

「今日は暑いから。」

 

確かに暑かった。

 

「そうします!」

 

慌てて部屋に戻ると

会社用に買ったマイボトルに

麦茶を詰めて部屋を出た。

 

「持ってきた?」

 

「はい!」

 

サツキが誇らしげに

手に持って見せると

モモコがすぐさま顔をしかめた。

 

「それしかないの?」

 

「そうですけど。」

 

モモコはやれやれという顔で

自分の家に入っていく。

 

すぐに奥から

「ちょっと待ってて」と

声も聞こえた。

 

モモコはすぐに出てきた。

 

手にはまた紙袋がある。

 

「これ。向こうで食べなよ。」

 

中には保冷剤で

グルグルに巻かれた

タッパがいくつか入っていた。

 

「漬物と果物。

 うちでつけぬか漬け

 食べたことあったっけ?」

 

「初めてです。」

 

「ちょっとしょっぱいかもしれないけど

 汗かいたときにはちょうどいいから。」

 

お礼を言って

サツキはまた紙袋と共に

舗道を駆けていった。

 

見る間にサツキの背中は

小さくなっていく。

 

「若いんだねぇ、本当に。」

 

タダシが戻ったら

たっぷりと事情を聞いてやろう。

 

しかし今は

ともかくサツキが

怪我の無いようにと

祈るばかりだった。