前回までの記事はコチラから。
前回は葬儀のおおまかな段取りについて
簡単に触れました。
前回
書き忘れていましたが
「枕経」は死んだ当日
菩提寺の住職に来ていただき
葬儀会館の控室で執り行いました。
立ち会ったのは家族のみです。
会館の閉館時間は5時でしたので
なんとか4時ころに来ていただくことができて
ホッとしました。
枕経は死ぬ直前
あるいは死後すぐに
個人が迷わぬように行う儀式だそうです。
わたしの実家では
かつて祖母が亡くなった際
このようにしていたため
「(枕経は)するものだ」
と思っていましたが
現在ではされる方は減っているとか。
実際のところ
葬儀社の担当の方からも
枕経についての確認は一切ありませんでしたので
これは慣習によるところが大きいのかもしれません。
翌日 湯灌と共に
棺へ納める「納棺の儀」が行われ
こうなるとますます
「かつては父であったもの」であり
「ほとけ様」という雰囲気が出ます。
わたしたちは通夜は行わず
3日目 告別式のみとしました。
葬式の経験がほとんどないわたしには
家族葬と通常の葬儀の違いがわかりません。
そのためか 充分でした。
10時に始まり
12時に会館で参列者に見送られ
家族のみで火象場へ向かいました。
一般的なお葬式ですと
参列者の方も貸切バスなどで
火葬場へ同行し
その後 場所を変えて「精進落とし」をふるまう
という流れが一般的かと思いますが
わたしたちが今回使った
「家族葬の基本プラン」にこれらは無く
わたしたちはそのまま
「無し」にしました。
家族葬であっても
オプションとして
バスのチャータや精進落としはありましたので
このあたりは好みや慣習
地域性によるかなと思います。
火葬場で居合わせた他のご家族の大半は
団体さんでした。
そのため各自が予め
火葬場では「控室を予約」されている方が多かったのですが
わたしたちはそういうものを必要としなかったので
奥まった場所にある待合場所?というか
ロビーのような空間で待機しました。
こうしたこともあまり気にならず
これはこれでいいなぁと思ってしまい
母を見送る時もこれで充分かもと思ったものです。
ただ唯一気になったことがありました。
それは遺影です。
シンプルな花飾りに囲まれた父の遺影は
母が見つけてきた写真で
これがまた随分と若い時のものだったせいか
正直わたしにとっては
「見たことない、誰これ?」
という感じでしっくりきませんでした。
若くても
それなりに父の面影を感じるものでしょうに
なぜか全く別人に見えるのです。
何度見ても「”眼” が 知らない人」という印象で
本当に今見ても「誰?」です。
母は若いからと言うし
周りの人も納得している風でしたが
わたし一人だけキョトンとしている感じで
本当に不思議です。
そういえばもう1つ。
葬儀から自宅へ帰る際
ある地点からずっと涙がこぼれ
なおかつ「頷き」が止まらなくなったのです。
最初は涙が出初め
それ自体はタイミング的になにも不思議ではなく
自然と受け入れていたのですが
次第に首を縦に「うんうん」と
ひたすら頷き続けていることに気がつき
でも完全に「自分の意思ではない」ため
「なんだこりゃ?!」となりました。
今思うと「車の振動?」とも考えましたが
いつもはまるでそんなことにならないのですから
そのときだけ というのも不自然です。
不快感とか怖さとかはまったくなく
ただ「この涙と頷きはいつまで続くの?」と
どこか冷静な自分が外側から眺めていました。
横では夫が運転していたのですが
夫はまるで気づかず
結局自宅までの数十分間
ひたすら頷いていました。
あれは一体なんだったんだろう?
と今さらながらナゾのままです。