みなさん
いかがお過ごしですか?
今年のヒット商品など
振り返る番組や企画などが
多くなりましたね
出来事や言葉
曲や商品で振り返るのも
おもしろくて
つい見てしまいます
ちなみにわたしは
年末の歌番組を見て
やっと「香水」のフルコーラスを聞き
「あ、そういう曲だったのね」
と全体の意味合いを知ったばかりです
某ブランド名と
某お笑いコンビさんの印象が強くて
なんだかもう
全部知っているような気になっていました 笑
はやった曲のフルコーラスを
知るタイミングが遅くなるのも
変化の表れだなぁ
みなさんにとっては
2020年
どんなものが
もっとも印象的だったでしょうか?
さて
今日はちょっと
家族について書いてみたいと思います
というのも
年末となると
家族や親族など
日頃は離れてる身内を
思いうかべやすい時期ですよね
関係が順調かどうか
ということも
考えたり迷ったりしがちではないでしょうか
ちなみに
わたし自身と両親の関係が
好転したのはここ数年
(とはいえ
いまでもたまに
親子ケンカはしちゃいます)
同居したままでは
親離れ・子離れが進まないタイプでした
物理的に離れて
やっとスタート地点
親離れ・子離れの進め方は
ほんとうに様々ですね
ただ家族関係について
「これは共通かも」と
感じていることが一つあります
それは
「家族関係に否定的な思いがあると
生活全般でエネルギーを浪費しがち」
ということです
なんであれ
こだわりや
強い思いがなければ
たいていのことは
サーっと流れていきます
ところが
何か引っかかる
何かいやだ
そう感じるものは
無意識であれ
何かそこに強い思いがあって
引っかかるようなんですね
その引っかかりは
毎日の中の
様々なところに顔を出します
何かを選ぶときにも
リンクしていることがあります
たとえるなら
同じ幅の同じ形状のトンネルが
二本並んでいるとします
何の障害もないトンネルをA
ところどころに
大きな石のあるトンネルをB
とします
Aに大量の水を流すと
まっすぐ流れて
あっという間に出ていくので
壁も比較的傷みません
Bに大量の水を流すと
大きな石で流れが変わるので
スピードも落ちますし
曲がって水が当たる場所は
汚れたり傷んだりしやすい
否定的な感情を
Bの大きな石だとします
この大きな石は
家族関係に由来していることが
すくなくありません
逆手にとると
家族関係をよい形で変化させれば
他のこともおのずと
よい形に変化しやすい
ともいえます
この石は
誰もがどこかに持っていますし
意識すれば
自分でそれを取り除くこともできます
石は最初から
あったわけではありません
いろんな出来事によって
少しずつ大きくなったものです
石自体に
いいも わるいもありません
ただそこにあるだけです
ここを
かんちがいしてしまうと
ややこやしくなりますので
注意してくださいね
なぜなら
経験や繰り返しの出来事から
生まれた石は
その人だからこそ
生み出せたものでもあります
ということは
その下には
思いもよらないものが眠っている目印
ともいえるんですね
特に
今の自分について
考えたり迷ったりすることがある
あるいは
自分や家族に対して
否定的な思いがずっとあるなら
ぜひ定期的に
家族や身内との間にあった
かなしかったこと
つらかったことを
感情を脇に置いて
冷静に見つめてみてはいかがでしょうか
すぐには
変わらないと思います
思い出そうとして
くるしくなるなら
やめてもいいんです
それでも
年に一回くらい
いい・わるい という
判断をせずに
ただ出来事や思いを
静かに見つめてみてください
石の周りにある
数々の汚れや傷みを
見つめてみてください
定期的に
何度でも
すると ある時
「もしかして」
と今までと違う思いが湧いてくる瞬間が
きっと訪れます
それは
歳を重ね
前よりも世界が広がり
ひとつひとつを
大きく高く
様々な視点から触れられるようになった証です
そういう瞬間が
きっと必ずやってきます
その発見は
あなたの内側を照らしてくれる
あなただけのサーチライトとなるでしょう
その光によって
内側だけではなく
この先のことも
うんと遠くまで見通せるように
なるかもしれませんよ
日々には
様々なできごとが起こります
何も起こらない
ということも
できごとです
目の前にある今日には
そこへ続く
長いあなただけの人生が
詰まっています
振り返る人生の中で
大きな石があるなら
その石に触れる勇気を
時には奮い起こしてみることが
必要かもしれません
少なくともわたしには
何度か勇気を奮い起こす必要がありました
誰にも言えずに
涙を流したりして
実際に内容を言えば
それくらいのことで
と笑う人もいるでしょう
それでいいんです
ただ
勇気を奮ったことで
自分で人生を作ってきたと
穏やかな気持ちで言える
今があります
ささやかですが
それがわたしと
今は思えます
そう思うには
勇気が必要だったことだけは
確かです
内容は違っても
誰にでもそういうことが
何度かはあるのではと思いました
そして
くるしかったできごとが
無闇に起きたわけじゃないと
いまはわかる気がしています
時には
こわくて逃げたり
立ち止まったり
いつまでもうだうだと
同じ場所に居続けてしまう
みじめな自分も
必要なんだなと
思えるようにもなりました
「えいっ!」
と飛びこむのが
得意で好きな人もいますよね
見ているこちらが
ポカンとしてしまうほど
あっさり進んでいくように
見える人 笑
けれど
きっとその人も
違う場面では
同じようにウジウジすることが
あると思うんです
ただ
自分はそれを見ていないだけで
煩悩があるから
菩提心を持てる
とどこかの仏典に
書いてあるとかないとか 笑
家族や自分について
年中そのことばかり思うのは
おすすめしませんが
ずっと見ないふりをして
放ったらかしにしていることがあるなら
たまには手に取って
見つめてみるのもいいのではないでしょうか
誰もが年を取ります
年を取ることは
大きな
自分が思うよりも
うんと大きな恩恵が詰まっていると
わたしは思います
自分の見る目が変わると
世界も一緒に変わります
変えられるのは
未来だけではありません
自分が変われば
過去さえも
おのずと違って見えてくることがあります
自分の目を
どこに向けるか
自分は
どう在りたいのか
無いものを望むよりも
今ある物をどう扱うか
それがなによりも
大切ことではないでしょうか
ここまで読んでくださったあなたに
ありがとう!